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GWという正月並みの苦痛

”そぷ”さん ぱくたそ

みなさま、待ちに待ったゴールデンウィークがやってきました。

麗しい季節に、長い休日。

私にとっては、お盆休み、正月、GWとは年間三大苦痛なのです。

平坦に過ごしたいのに

なにしろイベント嫌いです。

子供のころから
お誕生日会から始まってお正月、法事、家族旅行・・・

学校でも遠足、学芸会などなど

一番いいのは普通の日で
何かの拍子に早めに帰れたり

今週は祝日が一日あるなぁ
なんていうのが

何よりなのです。

ゴールデンウィークって言うのは古来からの特別な日ではありません。
私の子供の頃は休みの日も少なく
「飛び石連休」などといっていました。

最近になって熱帯低気圧が台風になる如く
飛び石がゴールデンになってしまいました。

古来からのイベントデイならば昔ながらのやりようってものがあるので
まだ
まだ救われます。
季節も過ごしやすい時なので各地ではイベントだらけ
道路は渋滞、電車は通勤とは違った一種異様な混み方です。

イベントとは義務

私は本能的に
イベント=義務の塊
と認識しているようです。

○○しなければならない。

チャンとしていなければならない。

よそ行きの服を着せられる。
ああああああ
いやだ いやだ

ゴールデンウィークには定式のイベントがない。
我が家の子供が小さいころはイベントを企画しなければならない。

さらに義務が上乗せされます。

そして、渋滞を効率よくかわすルート選び。
写真撮影。
ぐずる子供を叱ると白けてしまうので、うまくなだめる。
出費に次ぐ出費。

みんな義務です。

見慣れた狂気のほうがマシ

突然大きな話ですが、

人生というか世界というか

9割は狂気で突き進んでいるように思うんです。
残りの1割が正気ならば平和な日々と思うんです。

イベントの日は正気はほとんど残っておりません。
それでも古典的なイベントデイならば
儀式めいたものがあって
狂気も神や先祖に捧げるための神聖な部分があるので安心感があります。

ゴールデンウィークは儀式はありません。
神聖さもありません。

狂気が義務なのか
義務が狂気となっているのか。
疲労のために
連休前までに仕事にけりをつけて疲労し
「連休明けまででいいよ」と言われた仕事を消化して疲労します。

すべてが狂気に見えるんですよ。
「狂ってないのはオレだけだー」
狂っている人の定型句を叫びたくなります。

連休明けというボトム

明けない夜は無い
やまない雨はない

しかし夜明け前は最も暗いのです。
キャンプ道具の片付とか
お土産配りとか
車掃除とか・・・
あれだけ嫌だった連休も最終日はつらいものです。
「明日から仕事か・・・」

人生の狂気そのものですね。
産まれてきたときは泣いて産まれてきたのに
死ぬのは怖くなるんです。
夜が明けてすぐはとても寒いものです。

仕事は山積み
頭はボーっとしている
財布は寒い
疲労は極限

官公庁は五月末日が出納閉鎖です。
各種税金、公共料金の請求が押し寄せてきます。
一年のうちでゴールデンウィーク明けがいちばん
真っ暗闇なのではないでしょうか。

私のうちは幸い、子供も成人し
ホームから単なるハウスになり
家族の会話はSNSにとって代わられたのです。

おかげさまで今年は
私はゆっくりと老猫、老犬と静かに暮らせそうです。

大みそかにやらなかった換気扇掃除と
北側の窓のカビとりぐらいかな
ミッションは・・・

退役軍人宜しくどこかの河原で煙管をゆっくり吹かそうと思っています。

ありがたい
ありがたい

今日も読んでくださってありがとうございます。

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