僕は自ら進んでIBSになったのかな?

何で過敏性腸症候群(IBS)なのか
ボーっと長い人生を振り返っていたら
思い当たるエピソード(記憶)が何回かあったんです。

そんな積み重ねで、自分=IBSのセルフイメージが築かれたようにも思えます。

発端は幼稚園でお漏らし

もう大変な昔のことなので記憶が書き換えられているかも知れませんが

その日、僕はやや便秘気味でウンコをしないまま
幼稚園バスに乗ったと記憶しています。
小さい子供なのであまり気に留めずに幼稚園に行きました。

お弁当の時間になりました。
お祈りをして
お弁当を食べ始めます。

急に、便意に襲われました。

みんなも大人しく食事しているし
先生も美味しそうにお弁当を食べています。

この平和な空気を壊してはいけない
そう思ったのは覚えています。
トイレに立ってはいけないんだと
思い込んだのです。

便意は強烈になってきました。

「僕は男だ!えいっ!」
とんだ判断ミスですが、幼い僕の出した答えは
雲子を漏らすことだったのです。

あっぱれ、漏らしました。
この判断は間違えだったと直後に悟りました。

僕は立上り、美味しそうにお弁当を食べている先生に
「雲子を漏らしました」
そう告げました。
その時の先生の引きつった顔を覚えています。
憧れの若い女性の先生です。

「トイレで待っててね」先生は言いました。

言われた通り僕はトイレに行って
男らしくパンツをおろして
雲子を晒して立っていました。

先生の到着は遅れました。
恐らく、着替え一式を用意していたのだとあとで思いました。

先にトイレに入ってきたのはお友達でした。
みんな僕と雲子を見てキャーキャーいって喜びました。

先生は、適切に処理してくれて
着替えさせてくれました。

今でも申し訳ない気持ちでいっぱいです。

母親が僕に気付かない!

その日は親が幼稚園に来る日だったのです。
何かの報告会みたいな日だったのでしょう。

僕の母親の姿も見えました。
僕は走って母の所に行ったのですが
母は遠くを見ながら僕を避けて素通りしました・・・

幼稚園で借りた着替えを着ていたので
母は僕を違う子供だと認識したようですが

僕は、ウンコを漏らすとお母さんを失うんだと思いました。
少しの判断ミスが大きな代償となって僕を襲いました。

幼い完璧主義者

翌朝から僕は完璧主義者になりました。

朝、雲子が出るまでは家を出ない!

トイレに立てこもる日も出てきました。

幼稚園バスが来る時間が迫ってくると
泣いて母に浣腸をしてもらった日もたびたびありました。

イザというときの浣腸
歪んだ安心感が芽生えました。

「雲子が出るまでは家を出ない!」は
破ることのできない掟になりました。
幼い完璧主義者の誕生です。

学生時代のギュルルル

完璧主義者は朝の雲子だけですが
もともと過敏っていうかHSPっぽいせいもあって

大学に入ったら、変に緊張しちゃって
胃痛と下痢の毎日になりました。
病院での診断は「慢性胃炎」でした。

したがって、朝の儀式は「出ない」ことはなく
何回でも出るに変わりました。

通学の電車の中でも”ギュルルルル”
途中下車の達人です。

大学時代は友人の影響で登山に多く行きました。

登山家は野糞(ノグソ?)のことを
「雉撃ち」と言います。
雉を撃つときの草むらにしゃがむ格好に似ているからだそうです。

僕は、いつでも雉を撃てる山が大好きになりました。
岩稜に出ると途端にそわそわした感じになったのを思い出します。

山はいいところだ!
歪んだ安心感が一つ増えました。

定着したセルフイメージ

社会人になってから
ある日、内科に相談しました。

すぐに”ギュルルルル”になるんですけど・・・

何種類かの検査の後

先生:恐らく過敏性腸症候群だな。
内科的には出ないより出るんだからいいことなんだよ。
とりあえず下痢止め出しておきましょう。

今までの人生の”ギュルルルル”が走馬灯のように思い出され

ああ、僕は「過敏性腸症候群(IBS)」って名前を貰えたんだ・・・
歪んだ安心感がまた一つ増えました。

これでIBSのセルフイメージがしっかり定着しました。

その後、IBSの専門薬イリボーに出会うまでおよそ三十年ぐらいかな。

セルフイメージだけでIBSになるわけではないのは当たり前ですが
これだけ、何十年も人生毎日かけてエピソード(記憶)が続けば
筋金入りのIBSになれるんですよ。

今日も読んで下さってありがとうございます。

スポンサーリンク

シェアする

フォローする

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。