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遠い街で背中に激痛 尿路結石?

石にぐでーん

尿路結石なんだろうか?

超激痛でした、ひとまず尿路結石と診断されましたが
もうかれこれ15年前のことでした
仕事で行った遠い街で会議中に背中に激痛を感じまして
緊急入院
結局よくわからないまま
一応診断書には尿路結石と書かれました
でも原因はいまでも迷宮の中です

遠い街で急に激痛

もうかれこれ15年前のことでした

仕事で会議の日のことです
我が家から電車で3時間半ぐらいの某シティへ朝から出かけて行きました
遠い街のとある機関で会議です
堅苦しい会議ではなく技術者同士の設計方針の確認打合せです

私の仲間は大学時代からの友人だし先方ともいい関係が築けていたので
楽しい打合せになるはずでした

会議も中盤
途中で変な尿意があったので
中座してトイレへ行っておしっこして
帰ってきてまた会議に加わりました

妙な違和感と鈍痛が、そして激痛へ

そのうち下腹部に鈍痛が始まりました
またおしっこがしたくなってきて
スミマセンいいながらトイレへ行きました
そうそう出るもんでもないですよおしっこなんて

帰ってきて着席しばらくすると
痛みが強くなってきて背中に移動してきました
また念のためトイレへ行きました

「おい!大丈夫か?腹でも壊したか?」
仕事仲間の友人をはじめ先方の方も心配してくれます
「いえ・・・  だ ダイジョウブです」
痛みを我慢して意見を述べたりメモをとったりしていると
『おいおい! なんだこの痛みは・・・
半端ないなぁぁぁ クックックッ糞イテェェェェ
もう少しで打合せが終わるぞ』
「では、そんな感じで進めます。よろしくおねがいしまずぅぅぅ。。。。んぐぐぐんんん」

「おい!真っ青だぞ、立てるか? 救急車呼ぼうか?」

電話帳貸してください

「救急車呼ぼうか?・・・・」

『こんな田舎でしょぼい病院に連れて行かれたらたまったもんじゃない
ここの駅名にもなっている駅前のN医大病院に行きたい N医大 N医大!!!!!』

「ずっ ずみまぜん 電話帳  がじで ぐだざい・・・」
「おう! 電話帳だ! 大丈夫かぃ?」
「この携帯で。。。こ こ この 番号を おじでぐだざい。。。」

「ハイ N医大。。。。です」
「病院のすぐそばにいるんですが 急に 背中がすごく痛くて ホントニ病院の目の前なんです・・・」
「腎臓の病気か心臓破裂ですから あまり激しく動かないで、緊急外来に来てください。」
「あああああ は は はい!」
誰が呼んでくれたかタクシーに乗せてもらって
友人が付き添ってくれて
イザN医大へ・・・

意識が飛びつつも入院の交渉

確かにタクシーに乗ってる感じはある
隣は友人が座っていてくれている
大丈夫だ

タクシー猛スピード

自分の視点;タクシーの車窓の景色がだんだん消えて白くなっていく

友人;がんばれ!(たぶん私は唸っているのだろう)

自分の視点;カーブのたびに声が聞こえる(てめぇで呻いてるんだろバカ)

運転手さん;もうすぐですよ!頑張って!(スゴイ速度超過、こういう場合無罪だよな)
(俺の車で死ぬなよな)

自分の視点;ああ スゴイ大きな建物だなぁ
どうやって緊急外来に運んでもらったか記憶にはありません

誰がタクシー代払ってくれたのかな?
(ほかに一人しかいねぇだろ)

綺麗な女医さんとパンツの柄

薄暗いだだっ広い部屋で
ストレッチャーなのか変な板に私は寝かされています

息をするだけで痛いので
少しずつ息を吸って吐いてを繰り返しています
恐らく大した時間ではないと思うのですが
何時間も待った気がします
人が一人薄暗い倉庫のようなこの部屋に入ってきました
(恐らくそのように認識しただけで普通の処置室だったのでしょうが)
女性の声です
「どうですか?」と聞かれました

声のする方を見ると
綺麗なお医者さんです
この期に及んで女性の容姿を判断する余裕が残っているんだ・・・

呻きながらも症状を説明
説明しているうちにあることを思い出しました
今日は ああああ なんでこんな日に

”たれぱんだ”のパンツなんだよう

私の誕生日に当時小学生の娘が買ってくれたパンツです
でっかく後ろと前に一匹ずつそれも真ん中に”たれぱんだ”がいるんです

どのような理由でそんな行動になるのか知りませんが
おなかを抑えていた手が
私の両手がベルトをしっかりつかんでズボンを脱がされまいと押さえているではありませんか

『こんな綺麗な人に”たれぱんだ”は見られたくない!きっと笑われるだろう』
『もしお腹を見せてくださいとか言われたら、一気にパンツごとズボンを脱ごう!』

激痛で視界もおかしくなっているのに考えることと言ったら日常の延長なのですね

『パンツ脱ぐぞーー』

「症状からすると尿路結石症と思われますので泌尿器科の専門医を呼んできます」

「あ は はい!」

スゴイ痛みが戻ってきました

やっと教授現る

「私が主任教授のパピプペポです」

『今度はちょび髭のオッサンだ』

「とりあえず検査しましょう」
「あのぅ 私 ヨードアレルギーなんです」
「え? そんじゃあ レントゲンとかCTやってもしょうがないな
エコーしかないな」

エコー検査が始まる お腹押される度に激痛です

そのうち血液検査だの注射だの点滴が始まりました

気が付くと大勢のスタッフがいます
そりゃ髭の教授だもんなパピプペポさんは

採血が始まりました

注射の練習かい

スタッフの中に一人研修医がいます

研修医が私の腕で採血の練習をすることになりました
この研修医がやばいです
大汗かいて針が刺せない
やっと刺したかと思うと狙いが外れたみたいです
また大汗かいて、また外す
何回繰り返したんだか知りません
こっちは痛みで半分気絶してますので

翌日のパピプペポ教授の廻診行列で
一番後ろにいた研修医君がヒョッコリやってきて私の耳元に
「こんなにしてしまって申し訳ありません」
「え?」
「腕です」
「あーーー あーーーー」
私の腕は注射針でプスプスつつきまくられたらしく
紫色の大きな丘の上に赤い点々がいくつもありました
婦長さん「プッ! ごめんなさいね痛いでしょ」

やっと麻酔の注射

さて検査は終わりました

エコーでは結石は確認できないものの
両方の腎臓がおしっこでパンパンに膨れてるらしいです
(水腎症)

「これぢゃあヤバイから何日か泊まっていきな」とパピプペポ教授
「はい」

「えーーベッド空いてないの? 個室ではどうですか?」
「ううううう 痛い。。。 個室?いくら?」
「けっこう高いよ」
「いやだ!差額ベッド代負けてくれるんならいいけど」
「そりゃだめだよ」
「産婦人科が空いてるって」
「マズイでしょ そりゃ」
「そうだね」

「おっ ガン病棟
いまあいたの? ぢゃそこでいいよ 早く用意して」
「な。。な なんで今、あいたの? 退院したからあいたんだよね?」

「はい 決まり! ぢゃね」

「ぐぐぐぐええええ あのぅぅぅ 痛いんですが・・・ 痛み止めとかないんですか?」
「ああそうか痛いんだね 痛み取る? 注射する?」

(当然だろぉぉぉ)
「うぅ おね ぐあい じまず」

「注射うったら頭飛んじゃって寝ちゃうから すぐにうちの人とかに電話してね」

麻酔でキャピキャピ

麻酔の注射を打ってもらうと
どんどん痛みがなくなってきます

冷静になって友人のことを思い出しました
もう遅い時間だろうけど帰れたかな

さて 車いすに乗せられて病棟に移動です

かなり夜遅いらしくエレベーターホールは薄暗く人の姿はありません
なぜか
エレベーターの扉が火葬場の扉に見えてしまって
車いすを押してくれているナースに
「僕、死んだんですか?」
「普通の人は眠っちゃうのによく喋るわねぇ」と言われました
病棟の前まで行くと友人が待っていてくれました
この時の感謝の気持ちは一生忘れません

たぶん失礼なことをベラベラ喋ったと思います
覚えていことと言えば
友人が驚いて
「あの痛みの中で差額ベッド代の交渉するなんてスゲェな」
と言っていました

病室に入る前にうちに電話しました
たぶん友人が最初にかけてくれて
状況を説明して本人は今まともではないことを言ってくれたようです

私はヘラヘラきゃぴきゃぴ家内に電話した記憶があります
幼子3人抱えて・・
病院からは翌日朝9:00までに保険証と書類のサインに来るように言われたそうです

その後、その病院で5日過ごし
熱があるのにもう治りましたと強引に退院しました
結局原因不明でした

誠にみなさんありがとうございました
ご迷惑をおかけしました

もともと謎の血尿

話はさらに昔になります

19才の頃健康診断で血尿が発見されて
テキトウに「遊走腎(ゆうそうじん)」と診断されます
腎臓がプラプラあちこち遊びまわっちゃうらしいです
(最近の専門医の診断では遊走腎ではないそうです)

その後も尿に赤血球が多く混じるので
近所の内科の紹介でJ医大で検査をしました
(たぶん22歳ぐらいのとき)

腎臓から膀胱まで検査します
膀胱は内視鏡です

また痛い話です

今の内視鏡は痛くありませんが
昔の内視鏡は象さんのお鼻に
細いカテーテルを入れて
だんだん太いのに取り替えていき
そしてかなり太いカテーテルになってから
内視鏡を入れます
カテーテルってステンレスの棒ですよ
超激痛です そして恥ずかしい
結局ここでも血尿の原因はわからずです

ヨードアレルギーショック

結論を先に言えば血尿の結果はわからずじまいでした

別の大騒ぎが発生しました

さて痛いカテーテルの次はエックス線撮影です
腎臓とか尿管は骨や肺みたいにはっきり写らないので
造影剤としてヨードを点滴で体の中に入れます

もちろんアレルギーテストはしました
そのテストで抗体ができちゃったみたいです

検査は最後まで終了して腎臓には異常なしだったんですが

検査中のことです
気道が詰まってきて息が苦しくなりました
そのことを訴えると医師がなにやら注射をしました
急に神経質に私の様子を見ます

検査が終わって看護師さんが
「顔色が悪いから廊下のベンチに座って様子を見てね」

言われたように座っていると
気分が悪くなってきたので目の前を歩いている看護師さんの方を叩いたところで
意識が途切れました

うっすら意識がもどると処置室のようなところで
大勢の人に囲まれています
「血圧が下がってきました 上が60・・・」
「脈が取れなくなってます」
「先生 血圧が上40・・・」

夏ですこの日は でもスゴク寒い
ボーっと目をあけるとやけに狭い視野で天井が見えますが
どんどん見える範囲が狭まってきます

「何が起きたのかな?  もしかして死ぬとか・・・」
「あ 血圧が上がってきました」

さっきの医師の顔が目の前にあります
汗びっしょりです
「大丈夫だ こんなの準ショックだ 最初から大丈夫だと思っていた」
(何かの強がりのようだな なんのことなのかな)

お腹のあたりがポッと暖かくなってきました
「乗り越えたようです」
「ほらな!」(震え声です)

どうやら死なないで済んだらしいです
それからは歯医者にいっても外科でもどこに行っても
”ヨードアレルギー”を連呼しないといけなくなりました

血尿の原因は不明のまま今日に至ります

最近エライ先生に診てもらったけど

さて月日は流れ

近年50歳も過ぎて
かかりつけの内科で血尿が気になるから
細胞診でもやっとこうと言うことになりまして
採尿をして検査機関に出してもらいました

内科の先生「おう おう おう 泣いちゃあいけないよ泣くんぢゃないよ
クラスⅢだよ Ⅰがなんでもない Ⅴはガン末期ね
今はⅢ だけどⅢのAだよ Bはガンかな?って細胞だ Aだか大丈夫だろうけど
そこの〇大付属病院の泌尿器のエライ先生を紹介するから行ってみて」

〇大付属病院の泌尿器のエライ先生に紹介状持っていきました
予約時間を2時間過ぎてやっと診察
また検査で2時間そんでまた来週ねってなりました

その来週です
予約時間を2時間過ぎて
先生からお話を聞きます
ビクビクです
エライ先生はいろいろ難しいことをお話になられた挙句

「玉が大きいの?」

「はい?」
「CTの所見に玉が大きいと書いてある」
「腎臓とかのほうは?」
「ヨード使えないからわかんないね
ぢゃかかりつけの○○先生に話しておくから」

後日
「〇〇先生!玉が大きいですって言われただけですけど・・・」
「うーーーん そうか 泌尿器専門の医者に診てもらった方がいいね」
「だってあの先生エライんぢゃないの?」
「エラすぎたってことかな」

そんなこと言ってるうちに真っ赤なおしっこ

そんなこと言ってるうちに
最近のとある夏の日 お盆休み
うちでおしっこしたら

おトイレが真っ赤です

寝ぼけてたんで
きのう赤ワイン飲み過ぎたなぁ  なんて思いました

数秒後
「あああああああああああああ なんてこった」

お盆でお医者はやっていない
ネットで通院可能な泌尿器クリニック探しまくって
なんとか見つけたクリニックは
2日後からやってます
休み明けを待って行ってみました

親切丁寧な先生で院内もきれいです
速攻で検査してくれたました
今度は当たりです
もちろんヨード使えないから詳細は不明なんですけど

疑われる要素を全部説明してくれて
今後どのように疑いを一つづつ潰していくか教えてくれました

結局は不明の血尿が続いていますが
尿のPH値がひどく酸性なのでお薬で調整することにしました
その後
細胞診の結果はⅢからⅡになって今は安定しています

まあ、とにかく痛い話を延々としました。
読んでくださってありがとうございます。

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